
こんにちは、
藤本モウフです。
ピラティスレッスン終わりに体の不調トークで40分も話し込む。
先「ずっと左手の薬指が痛くて、ついに関節が腫れて指輪も入らなくなって」
モ「え、指が」
先「病院に行ったらやんわり老化です、って言われちゃった」
モ「私もまさに左手の薬指が痛いんですけど!今年の春くらいから」
先「これね、スマホの持ちすぎも原因らしいよ」
モ「あ、なるほど!心当たりがありすぎる...」
先「人間の体は50年設計なんだよって先生に言われて。つまりこの年で不具合が出てくるのは当たり前なんだって。私たちってつい昔と同じように動きがちじゃない?ちゃんと老いを受け入れてペースを落とさないとねー」
モ「わかります。私も今年から一気にきてるんですよ、不具合。受け入れないとですね」
先「うんうん。でも大丈夫!うちの60歳の生徒さん、私たちよりも元気だから!」
本当に私の体はどうしちゃったんだろう、というくらい今年は不調続き。
いきなりの故障でピラティスを2ヶ月に1回はドタキャンしてしまっています。
膝、肉離れ、ぎっくり腰、寝違え、風邪など。
完全予約制のパーソナルレッスンなのに本当迷惑かけています。
いつもすみません。
帰ってから「人の体は50年設計」のことを考え、ぞっとする。
ギリ健康でいられるのが50年。
人生100年時代、健康に不安を抱えた状態でそれから50年も生きなければいけないのか。
私は命をつなぐ存在がいない。
子どもはもちろん、甥や姪も。
健康のためにいろんな楽しみを犠牲にし、節制し、そんなに長い年数がんばれるの...?
長生きしんど!
今年の5月からエンディングノートをこつこつ書いているのですが、「延命治療はしたいですか?」の欄。

胃ろう?
勘弁してくれ。
自力で食べられないのに無理やり栄養を摂取し、寝たきりでいつまでも生かされるなんて拷問だよ。
といっても、延命治療って本人以外の家族が望んでいることがほとんどなんだろうな。
そして、認知症などで本人との意思疎通ができない場合、家族が延命措置の決断をするのは重すぎる。
実際、友人は親の延命治療をしないと決断したとき、ひどく落ち込んでいました。
元気なうちに自分の意志は周りに伝えていかなければ、とつくづく思います。
私はいつ死んでも悔いはないと思っているのですが、いざそのときになったら「まだ死にたくない!」と生に対する執着が出てくるのでしょうか。
「うそうそ、やっぱ延命治療しまーす!」とか言ってたらダサいな。
ピラティスの先生に香水をもらいました。
「これ大好きなんだけど廃盤になるからまとめ買いしたのー!モウフさんに1個あげるー♡」
えー、そんな大事なストックを...うれしい。
こういうことがあると生きてて楽しいなと思います。
やっぱり人生の満足度って、人との関わりで決まる気がします。
楽しいこと、たくさんしていきたいですね。
借りものの命がひとつ 厚かましく使い込んで返せ、です。
(「獣ゆく細道」より)
私のエンディングノートはこれ。
数年後、また見直します。
ここまで読んでいただき、ありがとうございました。
では、また次回!
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